広島高等裁判所 昭和24年(新)314号 判決 1949年1月26日
控訴人 被告人 寺岡孝省
弁護人 辻富太郎
検察官 津秋午郎関与
主文
原判決を破棄する。
本件を山口地方裁判所に差し戻す。
理由
弁護人辻富太郎の本件控訴趣意は別紙控訴趣意書並に追加控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。
然し乍ら右追加控訴趣意書は控訴趣意書提出期間経過後に提出されたものであるから控訴趣意書として不適法であるから、之に記載の控訴の趣意は審判の限りでない。(但し後記の通り此の点につき職権で調査をした)
尚当裁判所は本件については事実の取調をする必要があると考えたので刑事訴訟法第三百九十二条第一項本文に従つて事実の取調をすることとし弁護人申請の押収物件(証第二号の小刀一本、同第三号の匕首二口)の証拠調をし尚職権で右証拠物に関する被告人の陳述を聴いた。
職権を以て調査をするに、当番での右取調べの結果及び本件起訴状並びに追起訴状の各記載、原審公判調書並びに原判決の各記載を彼是綜合すれば、被告人寺岡孝省に対する本件銃砲等所持禁止令違反事件として起訴せられて居るのは被告人が証第三号の匕首一口(初め二口として起訴されたが第三回の公判で一口と変更せられた)を不法に所持していたという事実であるのに拘らず原判決が認定しているのは被告人が証第二号の小刀一本を不法に所持していたという事実であるということが明瞭である。之は全く異つた二つの事実である。銃砲等所持禁止令違反事件において被告人が所持していた兇器等が甲の品であるか、乙の品であるかということは犯罪構成要件中最も重要な要素をなすものであることはいうまでもない。甲の匕首なら刄渡り十五糎ないので犯罪にならないという場合もあり得ること勿論である。被告人は甲の匕首につき起訴せられて居ると思つて之について自己の利益を護るために反証など提出して争つて居るのに全然別個の乙の匕首について判決を下されたのでは被告人としての訴訟上の地位は全く無視せられたことになる。
要するに原審は起訴状に訴因として掲げられて居る匕首の不法所持の事実については判決しないで却つて起訴せられてゐない小刀一本の不法所持について判決をして居るものと言わねばならないそれで弁護人の控訴趣意(前記控訴趣意書に記載の分)については判断するまでもなく原判決には刑事訴訟法第三百七十八条第三号に規定せられた事由があるものとして同法第三百九十七条第四百条本文に従い之を破棄した上原裁判所に差し戻すこととした次第である。
(裁判所判事 柳田躬則 判事 藤井寛 判事 永見真人)
弁護人辻富太郎追加控訴趣意書
右の者に対する強盗並びに銃砲等所持禁止令違反被告事件について控訴の理由を左に追加して陳述します。
原判決は(二)に於て被告人は法廷の除外事由なくして昭和二十四年四月四日頃から同月六日頃迄の間肩書居所に於て小刀一振を所持しと判示しているが斯かる事実の起訴はない惟うにこれは(一)事実の小刀所持を指したものと解せられる果して然らば右は起訴なき事実につき判決したものであり且昭和二十四年六月七日付起訴の匕首不法所持につき判決を脱漏していることになる結局原判決(二)は起訴された事実につき裁判せず起訴されない事実について裁判した不法があつて破棄を免れないと信じます。
(弁護人辻富太郎控訴趣意書は省略する。)